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Posted by みやchan運営事務局 at

2016年07月20日

熟年離婚

いきなりですが報告です。
彼女とは長年連れ添って、楽しいことも辛い日々もずっと一緒に暮らしてきましたが、最近では(相手から見てもそうだとは思いますが)非常にワガママを言うようになり、今回の重要な決断をしたところです。
特に仕事においては、非常に重要なパートナーとして、なくてはならない存在だと信じていました。しかしここ数年、仕事中に突然逃げ出す、意識を失ってしまう、などのトラブルも多発しており、このままでは本業のみならず趣味においてもワタシにとって苦痛な存在であると認識し、現在に至ります。
思えばもう20年を超えたつきあいです。

最初に出会ったときには、まだ幼く、子供っぽさを残した稚拙(*1)な存在だったのですが、1995年に再度出会ったときにはすっかり大人になり、なんと頭脳明晰で、気が利いて、美しく、尊敬できる相手(*2)だと思ったことか。
その後も共に学習するにつれてどんどん賢くなり、それでも体調不安な部分はあったのですが、2001年にはそれらの不安もほぼ消え、同時に信頼できるパートナー(*3)として、趣味だけではなく仕事も任せられるようになりました。

それからずっとお互いを「最高の伴侶」として時には愚痴を聞いてあげたり、ソフトウェアをプレゼントしたり、仲良くやっていたのですが、2013年ごろに彼女は大きく変わりました(*4)。もうけっこういい年齢なのに若い人のマネをしはじめ、タッチが好きとか直感的だとか言い始めました。最悪だったのは、それまで彼女のすごくいい部分だったシンプルな部分をやめて、性格が複雑怪奇になっていき、ご機嫌を伺うのにも設定やらコントロールパネルやら、どっちから見ていいか分かりづらいという問題を抱え始めたことです。

それでも最初はすごく強気だったのですが、周囲から「いい加減にしたほうがいいよ」と言われたのかどうなのか、少し前の彼女を取り戻そうと努力(*5)して、新たに生まれ変わった(と本人は言っているらしい)のですが、それでも、やはり付き合い辛さは変わりませんでした。

そんなわけで、この度ワタシは全面的にWindowsをやめ、(今更ですが)MacOSに全面的に移行します。
冗談のようですが、まさか本当にここまでWindwosを嫌いになるとは思いませんでした。いや、嫌いになるというか、もうつきあいきれないというか……
MacはMacで大変な部分もあるかとは思いますが、実は1年前にMacbookを購入し、Windows機と共に使い続け、全く問題ないどころか、ストレスが大幅に減る、しかも今やWindowsよりも安定していると知った以上、戻るつもりはないです。

ありがとうWindows。これからも元気で。

(*1) Windows3.1は「まぁなんとかファイル管理しやすくしましたよ」だけという印象でした。
(*2) Windows95になり、痒いところに手が届くようになりました。
(*3) WindowsXPでは、それまでの不安定さがなくなり、イラストなんかの重たい作業でも安心して任せられるようになりました。
(*4) Windows8ではタブレット系を意識した操作性になり、それがかえって使い辛さを助長していました。
(*5) Windows10で、Windows7のような画面に戻したのはいいものの、Windows8の操作性も引き継いでいるので、かえって混乱してしまいました。

作者注:ちなみに、ワタシはMS-DOS(もっと言うとそれが入る以前のBASIC時代)からパソコンと付き合い、ここに出ていないWindowsも、98・98SE・Me・7・CE・2000ともに使用した経験があります。しかしそれはどーでもいい話ですが。  

Posted by かるみっこ at 15:51Comments(0)日記

2016年01月12日

あけましておめでとうございます


ご挨拶がかなり遅れましたが、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
昨年の年末に近い頃、いろいろとアップしていたのですが、本業が多忙になるにつれて再び放置モードになっておりました。
今もそれなりに忙しいため、ゆっくりとブログを書くなんて余裕がないのですが、まぁこれといって記事を待っていただいている読者様というのもないと思いますので(笑)、気長にお待ちいただければ……と思っております。勝手言って申し訳ありません。

イラストに関してはいくつかストックがありまして、といっても数枚ですが、これからぼちぼちと出していこうと思っています。

  

Posted by かるみっこ at 20:45Comments(0)日記鉄道

2015年12月12日

食洗機(Panasonic NP-TR3)を修理してみた

食器洗い洗浄機(以降、食洗機)って、自動で食器洗いしてくれるのはいいんだけけれど、食器のセットが案外面倒臭く、しかも洗浄時間が長い(30分以上)ので、手洗いの方がいいんじゃないかと密かに思っておりました。
とはいえ、家事をするのはワタシよりもむしろ妻の方が多いため、我が家に導入したのが2010年の頃。
それ以降、ありがたいような、ありがたくないような日々を送っていたのですが、つい先日(2015.12.5)頃にダウンしてしまいました。
症状としては、

・すすぎ時にやたらと給排水を繰り返す
・そのまま停止してボタン類の操作を受け付けない

というもので、まぁ、ないならないでもいいかな、などと思っておりました。
しかし、いざ手洗いに戻ってみると、家族5人分を処理するとなるとかなりの作業となり。
やはり、必要な存在だったんだ、会いたくなった時に君はここにいない、などとサザンの歌のフレーズみたく感じ、修理をすることに。
ところが、この食洗機。購入したのが「2010.12.1」。
販売店の延長保証に入ってはいたのですが、その保証期限は購入から5年後の「2015.12.1」。
つまり、わずか数日で保証が切れているという、よくある「タイマー発動」状態。
参考までにパナソニックの修理目安価格を見てみると、「ああ、14,000円から27,000円っすね」らしいから、日々のLINEスタンプの売り上げがごっそり吹き飛ぶ状態でありました。

ただ、感覚的には、汚れ感知センサーとか、水量センサーのトラブルっぽいので、これじゃ自分で直せないかと思い、知り合いのサービスマンに聞いてみると
「たぶん水位センサーの汚れだから、それ取り除けば直るはず。基本的に部品は交換ナシ」
とのこと。

とりあえず展開図なども手に入れたので、やってみることにしました。

以下は、「パナソニック NP-TR3」での例です。が、たぶんTRシリーズ共通じゃないかなと思いますので、やってみようと思う方はお試しください。ただし失敗しても当方は責任取れませんので自己責任でお願いしますよ。
(注:今回の記事は、写真をクリックすると拡大します)

■準備
まずは据え付けている状態で排水します。給水ホースから水の供給を止め、電源をONにし、「スタート/一時停止」ボタンを押して排水し、すぐに電源をOFFにします。
これを何度か繰り返して排水させます。
本体から給水ホースや排水ホースを外し、電源とアースを抜いてひっくり返します。
このとき、背面の右側に黒いキャップをつけた「排水ドレン」がありますので、キャップを外して水抜きしましょう。
ひっくり返すと、見える部位としては底面に7か所、背面に3か所、そして操作パネル直下(前足脇のプラスチックカバーに)隠されて2か所にネジ止めがありますので、それを外します。
ネジの種類は3つですので、それぞれ部位を明記して保管します。

■場所確認
外した画像がこちら。
電化製品に慣れてないと、この時点で
「無理」
と諦めそうですが、今回のターゲットである「水位センサー」は、
こいつです。黒いホースが接続されている、巻貝のようなこのパーツが原因(だそう)です。

■取り外し
奥にネジ2本で止めているので、それを外します。ついでに黒いホースも外します。
上と横に電線が接続されていますが、2本の青い線はとりあえずそのままで、横につながっているアダプタ状の線は外します。
このタンクのようになっているものにもネジがついており、それを2本外します。
センサーのメインは、上の写真中央に見える、「腕」のようなものなので、このタンクと「腕」(と、その中についている部品)を慎重に外していきましょう。

分解するとこんな感じです。
(ちなみに写真は洗浄後です。洗浄前は汚くて見せられません笑)

■洗浄
さて、この3つのパーツのうち、フロートのようなものとタンクのようなものに、びっしりと油汚れのようなものがついていると思いますので、それを丁寧に洗浄します。
ついでに、これに接続されていた黒いパイプも洗浄します。
これですね。これは締め付けているだけですので、緩めると簡単に外せます。
たぶんパイプの中は、すごく汚れがたまっていますので、歯ブラシか何かで洗うといいようです。

■復旧
これらの作業が終われば、あとは元どおりに戻すだけです。
試運転してみて、動作に問題がなければ、修理完了!
ワタシの場合、約1時間で終わりました。

「修理依頼すると高いし、場合によっては買い替えしようかなぁ」と考えている方、ぜひお試しください。  

Posted by かるみっこ at 14:41Comments(1)日記

2015年11月15日

編成美

"編成美"という言葉がある。主に鉄道用語として用いられる。
鉄道車両は、種別や動力手段によって雑多な種類があるが、すくなくとも同じ型式であれば、外観のデザインや、車体の高さなどは同じである。
それが、十数両の長さになると、大蛇のように長い連続体となり、存在感を増す。
直線で眺めても美しいが、カーブなど特殊な環境であれば、その連続したスタイルが更に多様な表情を表し、なおのこと美しく感じる。
都心部における通勤電車や、新幹線などでは、この"編成美"がしっかりと守られているものの、地方においては、残念ながらすでに過去のものとなってしまっているようだ。
九州で恐らく最後にそれを感じたのは、787系「つばめ」ではなかろうかと思う。885系や883系でもそれなりに長い編成なので、同じものを感じるはずなのだが、787系に比べてインパクトが弱い。恐らく、同型式のもつ、濃いグレーの塗装がその存在感を一層高めているのであろう。
しかし787系も九州新幹線全通とともに主役の座を追われ、昔日の面影が薄い。

国鉄時代はどうだったか。
かつて「ミニ特急」と言われその名をとどろかせた、博多-佐世保間の「みどり」も、それ単体では4両編成だった。当時は驚きの短さだったのに、現代の地方であれば違和感のない存在だ。しかしこの「みどり」、博多-肥前山口間は「かもめ」(8両編成)と併結していたから、堂々12両の特急電車であった。
その後、「かもめ」と「みどり」は、博多-佐賀(付近)の頻発運転、いわゆるフリークェントシー重視のダイヤ実現のために分離されたり、再び併結されたり、「ハウステンボス」が間に挟まるなど、紆余曲折を経て現在に至るのはご存知の通りだ。

なお、「かもめ」には、一時期、編成美を崩す車両が混じることもあった。

写真をご覧いただくと、先頭車両だけがいくぶん車体の高さが低いのがお分かりかと思う。どことなくこの間抜けな、崩された"編成美"は、上越線特急「とき」の廃止で余った181系先頭車を九州に異動させるという強引さで誕生したものだった。JR分社時代の今では考えられない、おおらかな転属劇が、このころはよく行われていた。

編成美といえば思い出すのは、当然のことながらブルートレインである。

毎日、東海道から山陽路を、青い車両を連ねた列車が、何本も何本も走っていく。
しかし、ついに需要減には耐えられず、全廃されてしまったのは記憶に新しい。

と、ここで、果たして将来的に、新幹線や通勤電車以外で、こういった"編成美"を眺めることができるのか、という疑問に当たってしまった。
出発駅から目的駅まで、同一の車両を、十数両もつないで走る必要性があるのか、ということだ。
残念ながら、ポジティブな意見は思い浮かばない。
もし、今からそう遠くない将来、化石燃料が枯渇して、自動車は燃料切れで動けず、飛行機も空を飛べないとしたら、必然的に電気でも動ける鉄道が脚光を浴びるのは間違いないだろう。
そうなると、長距離を移動する客が再び鉄道へ回帰し、"編成美"を再現することになるのではないか。
いや、それはつまり今の新幹線と同じだ。
もう少し時代が進み、電気自動車&自動運転が現実になれば、高速道路上では同じ目的地へ行くクルマが、お互いに連結されて走るに違いない。その方が事故も減るし渋滞も少なくなる。

Back to the Future2では、2015年にクルマが空を飛ぶと言ってたが実現していない。
それほど将来を予測するのは難しい。

ちなみに、なぜか、新幹線に対して、私は編成美を感じることが少ない。
なぜだろうか、どうしてだろうかといろいろと考えてみたいのだが、たぶん、これではないだろうかという結論を見出した。
新幹線は、カーブが少ないのだ。
だから、車体をうねうねとさせる場面がない。
これが編成美を遠ざけている原因かもしれない、と、半分眠りかけた頭で考えております。


  

Posted by かるみっこ at 00:34Comments(0)日記鉄道

2015年11月12日

蒸気機関車

その昔、年配の(敬意を込めて)鉄道マニア先輩方の前で、「SL」などと発言すると、軽く説教を食らったものだ。
「"SL"なんてアルファベット二文字で表現できるような、軽薄なものではない。"蒸気機関車"という、どっしりとした重厚な機械集合体なのだ」

実は、私は蒸気機関車が現役で活躍している場面に接したことがない。
私が生まれた昭和40年代の後半は、すでに国鉄全線で無煙化がほぼ達成していて、「機関車」といえば「電気機関車」や「ディーゼル機関車」だった。
しかし、それもごく一部でしか用いられておらず、鉄道車両といえば、専ら電車やディーゼルカーに代わっていた。編成の長さを除けば、現代の状況に近い。
そういう車両が趣味の対象であるワカモノに、「蒸気機関車というのは、だな」と説教食わされても、正直なところ、実感がわかない。
「銀河鉄道999」がテレビや映画で放送され、一種の流行になっていたけれども、実物を見ないことにはその重厚さは分からない。今のデジタルハイビジョンと違い、ブラウン管で見る蒸気機関車は、むしろ「SL」と言っても差し支えない程度の存在感しかなかった。

全国の国鉄路線から蒸気機関車が消えてしまった後、山口線で「やまぐち号」なる列車がC57牽引で復活したが、個人的にはテーマパークの乗り物のような存在として受け取っており、隣の県に住んでいたにもかかわらず、観に行くことすらしなかった。それよりも、身近にいるはずだけどレアもののキハ66だとか、そろそろ消えてしまいそうなED72/73に関心があるという、嘆かわしい少年だった。
そのうち、九州でも蒸気機関車が復活することになった。ご存知、「SLあそBOY」である。他の路線で復活していたC57やC62、そしてD51と比較すると、軽量級の8620ということもあり、ただでさえ蒸気機関車に興味のない私は、この点においても魅力を感じることはなかった。
ただ唯一、非常に感心したのは、余分な装飾を施すことなく、限りなく現役当時のスタイルで現れたことであって、引く客車の方は仕方ないにしても、ノーマルスタイルを愛する私にとって非常に好ましい姿だったことだ。このあたり、実は、細かい部分で現役時代とは違う点がいくつもあった、という意見もあるが、お召し装飾のようなキンキラキンな姿でない限り、良しとしたい。

初めて、動いている「蒸気機関車」に出会ったのは、それから少し後だった。2000年くらいの事だと思う。とあるデジカメの画像チェックをするために阿蘇へ出かけ、キハ200などを撮影していて、偶然この「あそBOY」に出会ったのだ。
「ああ、蒸気機関車っていうものは、本当に『シュッポシュッポ』と音がするものなんだ」
と、すでに子供ではないのだが、「現代っ子」丸出しの感想を思い浮かべた。そして、かつて見たアニメ「銀河鉄道999」のSL走行音が、本当に蒸気機関車のそれだったんだ、と改めて認識した。

技術が進歩し、車体は軽量化し、エンジンやモーターも高出力化する。かつて国鉄時代に鈍重だと言われて嘲笑されていたキハ40系も、エンジンや変速機を換装して、軽々と加速していく。ちょっとした登り勾配でも、何事もないようにスイスイと登っていく。そういう姿を見て私は、
「"キハ40"っていうのは、もっと重たく、エンジンを何度も噴かしながらゆっくり加速していくもんなんだ。登り坂では自転車のような速度で走るべきだ」
などと愚痴を言ってしまう。その瞬間に、先輩の鉄道マニアの姿を思い出す。ああ、あの時彼が言いたかったのは、きっとそういう事だったんだと。

そしていつになるか分からないが、リニア新幹線などが完成し、フワッと浮きぐんぐん加速していくのを見て、それをどう思うだろう。
今の、車輪とレールを使う電車が「あたりまえ」と思っている、若い鉄道ファンが、将来そんなリニアを見て何と言うか、聞いてみたい気もする。その頃私はもう、生きていないだろうけど。

つい先日、たまたま訪れた肥薩線の白石駅で、「SL人吉」と出会った。


黒煙をもくもくと吐き、山にこだませんとする汽笛。ゆっくりゆっくり、複雑な機械が動き始め、やがて動力が車輪に伝わり、重々しく速度を増していく。
D51などと比べたら確かに軽量級なのかもしれないが、それでもこの迫力。
昔は、全国の鉄路にこの仲間があふれ、駆け巡っていた。
それを動かしていた現場の人々。
これに揺られて旅した人々。
そう考えると、確かに、「SL」という表現は、ちょっと軽すぎるのかもしれないな、と思った。



  

Posted by かるみっこ at 09:11Comments(0)日記鉄道